現実として受け止めなくちゃ

なんだか夢の中の出来事のようで・・・まだ「現実」として受け止められていないように思います。
たったひとつだけぼんやり思っている事は、いつか来ると思っていた「その日」が来てしまったんだなって事と、当たり前の事だけど、どんなに愛していても逝ってしまうのだなって事。
心に穴が開く、とよく言いますが、心どころか人生に穴が開いてしまった感じで・・・・桃太郎が私にとってどれだけ大きな存在だったのかを改めて思い知らされています。
昨日は彼の家に泊めてもらったので「猫がいないのが当たり前」なので平静でいられたんですけど・・・家に帰るのが怖いです。
4日間を一緒に過ごした1階にも、猫部屋にも、もう桃太郎の姿はない。
猫部屋のドアを開けると、いつもなら桃太郎と栗之助とC.C.がいるのに、二匹しかいないし・・・
トイレ掃除をしてるとうるさいぐらいにまとわりついて、いつも叱られていたもも。
ご飯を器に入れても、まずは抱っこして、気が済むまで甘えていたもも。
「桃太郎、おいで」って言うとぶっとんできて抱っこしてたもも。
撫でてやると喜んでぐるりと頭を回転させて仰向けになって甘えていたもも。
もっといっぱい抱っこして、もっといっぱい撫でてやりたかった。
ももが甘えて私を呼ぶ声が耳から離れません(T-T)
元ダンナから電話があって「あそこまで溺愛されたら猫も本望だろう。桃太郎は10年で20年分の愛を受けていたんだから幸せだよ」と言われたし、ダーも「10年しか生きられなかったんじゃなくて、お前だから10年も生きたんだよ。他の人だったらもっと早かったかもしれない。」と言ってくれました。
最後、病院で死なせてしまった事も「それは結果論。自宅でどんどん衰弱してそのまま死んでしまったら、やっぱり病院に連れて行けばよかった、と思うだけ」と言われて幾分気が軽くなりました。
でもね。あんなに抱っこが好きだったのに。
私にショックを受けないようにって思ったのかな。気遣いのできる猫だったからね。
お医者様からも「よほど可愛がられていたんでしょうね。聴診器当てるとゴロゴロ言ってしまって聞こえなかったですし、よく甘えてくる子でしたから。いい子だったのに残念ですね。」って言ってもらえ、お坊様からも「明日は友引で、明日だったらできませんでしたから・・・この子はちゃんと分かっていて今日亡くなったんでしょうね」と。
ダーは私が壊れてしまうんではないか心配だったそうです。
今後、猫が死んだ時には焼き場には連れて行けないと思ったって。俺がお前の代わりにしっかり送ってやるから、お前は焼き場には来ない方がいいって言われました。
まぁ、それはその時に考えます。他の子で桃太郎ほどの衝撃受ける子はいないかもしれないし。
それにしても何時間も私の不安話につき合ってくれ、普段はくっついて寝るのをイヤがるのに昨日はくっついたまま寝かせてくれたダーには本当に感謝してます。
心が傷ついてる時はやっぱり人肌なんだなって実感してます。昨日はよく眠れましたから。
もう、この世に桃太郎はいない。
この現実をどう受け止めて行けばいいんだろう。

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